影響の流出史
関連授業
大学院/
パフォーミング・アーツ論 I(2021S/A)
「影響の考古学:インフルエンティアからインフルエンザを通ってインフルエンサーまで」
【令和4年度「東京大学卓越研究者」採択研究】

日本語で「影響」という訳をあてがわれているInfluenceという言葉は、それとして知覚されず、その効果から事後的にのみ見出され、論理/物理的に説明できない作用関係を説明する魔法のような原理として誰もがつい頼ってしまう概念です。たとえば人間には感知できない微生物による病いの感染(influenza)、あるいはアルコールやドラッグの効果による精神の変容状態(under the influence)、またはインターネット上の情報発信によって不特定多数の行動を遠隔操作する新種の職業(influencer)など、一見するとまったく関係のない事象を名指すためにこの同じ言葉が使われています。しかし、学術的な文献にまで蔓延するその中毒的な濫用を自覚している人は少なく、その来歴を知る人はさらに少ないでしょう。その意味で「影響」とはきわめてオカルト的な言葉ですが、それは当然のことかもしれません。なぜなら、その語源をたどると行き着くのは中世・ルネサンス期(アーリー・モダン)の(復興したネオプラトニズム/ヘルメス主義の強い影響下にあった)占星術と神秘思想/魔術であり、そこでは人間には知覚できない作用関係のことが「流れ出る」という意味のラテン語を用いてinfluentiaと呼ばれ、その見えない作用の次元が「隠れている」という意味のラテン語を用いてoccultと呼ばれていたからです。

このように明確な対象化を拒むことで今日にいたるまで強力な影響力を及ぼし続けている「影響/influence」という概念の隠れた流出史の発掘作業を行なっています。フィチーノのヘルメス文書の翻訳と誤読に端を発するルネサンス影響論の展開、啓蒙主義・機械主義の裏地に張り付いていた神秘主義・魔術的思考の流れ、感染症の歴史との重なりあい、電磁気など人間の知覚を越えた物理作用の研究にともなう科学とオカルトの混交、アントン・メスマーの動物磁気と精神分析への結びつきなどの歴史的展開を踏まえつつ、二〇世紀における行動(振る舞い)主義の展開、ニューエイジと薬物/中毒性、広告の力学、機械学習(人工知能)、SNSやインフルエンサーの原理など影響の今日的展開を多角的に調べています。