「調査的感性術」

「フォレンジック・アーキテクチャー」
翻訳プロジェクト
中井のチュードア研究は、楽器や回路のようのな物的証拠を組み合わせて、かつて存在した音楽パフォーマンスのありようを組み立て直すというアプローチから、アメリカやヨーロッパでは「フォレンジック・ミュージコロジー」とよく呼ばれています。そのこともあって、「フォレンジック・アーキテクチャー」という、主に建築の方法論を用いてアメリカにおける警察による黒人の殺害から、ロシアによるウクライナの侵略戦争やイスラエルによるガザの侵攻・虐殺にいたるまで、国家や権力による暴力の行使を批判的に調査してきたグループの活動にずっと関心を持ってきました。

Investigative Aesthetics(調査的感性術)は、このグループの活動から出てきた「エステティクス」の新しい動向です。その中心にあるのは、エステティックスを「感知」の作用や能力と定義した上で、そのような感知行為を人間はもちろんのこと、人間以外の生物、そして建物やミサイルやいろいろなデジタル/アナログ・センサーや土壌などの人工物や自然物までもがそれぞれ行なっていることとして拡張したうえで、これらのセンサーの組み合わせによって権力が存在を否定しようとする出来事を再構築し、「事件」として成立させるというアプローチです。

「フォレンジック・アーキテクチャー」の中心人物であるエヤル・ヴァイツマンが2021年に出版したこのアプローチのマニフェスト的な本を、ウクライナで現在起こっている戦争になかば促されるかたちで、日本語に訳しました。また同じヴァイツマンが2017年に出版した主著である「フォレンジック・アーキテクチャー」も合わせて訳しています。

日本の出版社の複雑怪奇な事情に振り回され、翻訳を大方終えてから二年間もお蔵入りになっていましたが、ようやく2024年9月に『調査的感性術:真実の政治における紛争とコモンズ』が、2025年3月に『フォレンジック・アーキテクチャー:検知可能性の敷居における暴力』が、水声社から出版されることになりました。このページではそれらの翻訳プロジェクトに伴う関連イベントや情報、追加資料などの告知/紹介/記録を行なっていきます。

おしらせ

2024年2月20日

「東京大学アートセンター」で開催していた『調査的感性術』をめぐる「エステティクス再考」シリーズの第三弾として、共著者の一人であるマシュー・フラーをお招きして、エステティクスの拡張や最近の政治やメディアをめぐる状況について議論するシンポジウムを3月23日に東京藝術大学で行ないます。主催は11月に中井を呼んでいただいた毛利嘉孝さん主催の「ポストメディア研究会」です。対面参加は限定20人ですので、ご関心があれば、こちらから申し込みをしてください。

2024年2月14日

「Aesthetics」に新しい訳語を充てがったことから『調査的感性術』がお蔵入りになりかけたときに、出版社への法的措置を検討しつつも、国内だけだと泥沼化して後味も悪くなるので同時に「外圧」をかけようと考え、ちょうど同じころヨーロッパの哲学ジャーナルから依頼された《パフォーマンスのエステティクス》というお題をひっくり返す形で《エステティクス(という概念・固有名)のパフォーマンス》という論考を書き、そこで洗いざらい今回の問題を英語で論じることにしました。そのあと問題は解決し、翻訳は無事出版されることになったのですが、約束をしてしまった以上、書かなければならかった論考が出版されました

2024年1月23日

中井が片足を突っ込んでいる「東京大学アートセンター」が本郷キャンパスに年度末まで限定オープンしているアートスペースにて、『調査的感性術』をめぐる「エステティクス再考」と題した対談シリーズを行ないます。対談相手の先生の研究室に出入りしている副産物ラボの学生がたまたま(?)いたので、その二人を組み込んだ企画にしました。小さなスペースのため、対面の人数は限られていますが、オンラインとのハイブリッドなので、視聴していただけるとうれしいです。以下のページから申し込みください:《記憶と再生のあいだ》《美学と感性術のあいだ》

2024年1月10日

昨年、東京藝術大学で中井が行なった《プレテクスト——感性術の翻訳/翻訳の感性術》という「報告」の記録動画を公開しました。見逃した方はこちらをご覧になってください。

2024年11月20日

毛利嘉孝さんが東京芸術大学で『調査的感性術』を軸に置いた研究会を発足させ、11月27日にそちらで「読書会」と称したシンポジウムを行なうことになりました。こちらはセミクローズドな会ですが、問い合わせが相次いでいるため、オンラインでも配信することにしました。中井は《プレテクスト——感性術の翻訳/翻訳の感性術》と題した「報告」を行います。もしご興味があれば申し込みの上、参加していただけるとうれしいです。

2024年11月12日

造形作家・評論家の岡崎乾二郎さんが、創立70周年記念アンケートに答える形で、「これまでの美術評論でもっとも印象的なもの」に『調査的感性術』を選んでくださりました。とても優れた書評にもなっているそのコメントはこちらのページから読むことができます。

2024年10月1日

『Investigative Aesthetics: Conflicts and Commons in the Politics of Truth』の中井悠による邦訳が『調査的感性術:真実の政治における紛争とコモンズ』として水声社から出版されました。水声社はアマゾンと仲違いしているため、オンラインで購入する場合は出版社のウェブサイトから直接お求めいただくのが一番良いようです。

《A Performance of “Aesthetics”—Conflicts and Commons in the Translation of a Nomenclature》

ヨーロッパの哲学ジャーナルから依頼された《パフォーマンスのエステティクス》というお題をひっくり返す形で《エステティクス(という概念・固有名)のパフォーマンス》という論考を書き、そこで洗いざらい『調査的感性術』における翻訳の問題を英語で論じました。こちらのリンクから読むことができます。アブストラクトは以下の通り:

This paper recounts the author’s reluctant journey of translating Matthew Fuller and Eyal Weizman’s Investigative Aesthetics: Conflicts and Commons in the Politics of Truth into Japanese, a process that turned out to be a mix of philosophical tightrope walking and comedic pratfalls. Along the way, we meet Baumgarten, the original translator who coined the aesthetica nomenclature, Kant, who insists that there can be no such thing as a science of sensibility, and a parade of Japanese translators who took great artistic liberties in rendering an alien term into a complicated language formed by three layers of different writing systems. The author reflects on his coining of a new translation for “aesthetics” in Japanese—Kansei-Jutsu (“Sensibility-Art”)—a term that baffled publishers, thrilled a few cultural studies scholars, and may have earned a side-eye from beauty salons already using “estetikusu” for facials. The translation saga spirals into debates about what “aesthetics” even means, culminating in a bittersweet realisation: translation is less about getting it right and more about sparking delightful, sometimes ridiculous, new ways of thinking. By the end, aesthetics re-emerges as a celebration of difference, proving that even conflicts can create a strange and wonderful commons when approached with an openness to diverse sensibilities.

《マシュー・フラーとの対話——エステティクス再考3》

日時:2025年3月23日(日)19:00-21:00
会場:東京藝術大学音楽学部上野キャンパス国際交流棟4F GA講義室(こちらのMAPのNo.19の建物となります。対面参加は限定20名になります)
参加申込フォーム:https://forms.gle/HwbuhJkenRtetYbW8

ソフトウェア・スタディーズの第一人者であるメディア研究者マシュー・フラーと、調査を通じて国家権力が引き起こした暴力事件を解明する調査機関フォレンジック・アーキテクチャーのエヤル・ヴァイツマンの共著『Investigative Aesthetics:Conflicts and Commons in the Politics of Truth』(Verso)は、2021年の発刊以来、「ポスト真実」が議論されるデジタルメディア、SNS時代の新しい人文学、芸術と調査の実践的な活動を提案する書籍として大きな話題を呼んできました。最近『調査的感性術——真実の政治における紛争とコモンズ』(水声社)として邦訳が出版された本書の共著者のマシュー・フラーさんと訳者の中井悠さんをお招きして、調査と結びついたエステティクス=感性術の内容、最近の政治やメディアをめぐる状況、フラー自身やフォレンジック・アーキテクチャーの活動、そして本に対する様々な反応や受容をめぐって議論するハイブリッド形式の研究会を開催します。

報告者:
マシュー・フラー(ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジ教授・オンライン参加)

討議者:
中井悠(東京大学大学院准教授)
毛利嘉孝(東京藝術大学教授)
清水知子(東京藝術大学教授)
四方幸子(キュレーター、批評家)
水嶋一憲(大阪産業大学教授)
長谷川愛(アーティスト、慶應義塾大学准教授)
日高良祐(京都女子大学講師)

(討議はオンライン/対面のハイブリッドで行われ、討議者は変更する可能性があります)

主催:東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科 毛利嘉孝研究室+清水知子研究室、ポストメディア研究会(Post-Media Research Network)

共催:東京大学芸術創造連携研究機構

*本研究会は、東京大学芸術創造連携研究機構と東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科(GA)の共同プロジェクト、また、基盤研究B「調査的美学に向けて:デジタルメディア時代の社会的アート・政治・協働性」(研究代表者:毛利嘉孝 課題番号:24K00030)の一環として開催されます。

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《美学と感性術のあいだ——エステティクス再考2》

『芸術の逆説』や『西洋美学史』などの著作で長年日本の美学研究を牽引してきた小田部胤久と、人間以外の存在物に「エステティクス」の拡張を図る書籍を訳すにあたって「感性術」という訳語を最近創出した中井悠———初めて顔を合わせる二人のあいだに両教員の研究室を行き来していた学生の有吉玲(美学芸術学専修)を挟んで、エステティクスの二つの訳語のあいだに潜む「学」と「術」の交差‧すれ違いや、そこから浮かび上がる美と感性をめぐる思考における翻訳の影響について語りあいます。

出演:小田部胤久 (美学者、東京大学名誉教授、放送大学客員教授、日本学士院会員)
   有吉玲 (東京大学文学部四年、美学芸術学専修)
   中井悠 (音楽その他、東京大学総合文化研究科准教授、副産物ラボ主催)
会場:東京大学アートセンター 01_ソノ アイダ  (本郷キャンパス·通信機械室)
日時:2024年2月21日(金) 17:00~18:30
入場無料|要事前申込み|対面(先着20名)+オンライン配信

小田部胤久
1958年生まれ。東京大学、ハンブルク大学に学ぶ。東京大学人文科学研究科博士課程修了。2024年3月東京大学を退職。現在、放送大学客員教授(放送授業『西洋の美学・美術史』を宮下規久朗氏とともに担当)、日本学士院会員。専門は美学。特に18世紀から19世紀にかけてのドイツ語圏の美学理論を専門的に研究するとともに、近代日本美学にも関心を寄せる。主な著書に、『象徴の美学』『芸術の逆説:近代美学の成立』『芸術の条件:近代美学の境界』『西洋美学史』『美学』『木村素衞:〈表現愛〉の美学』、主な訳書にカント『判断力批判』第1部(訳と詳解)およびシェリング『超越論的観念論の体系』(共編)がある。

有吉玲
パリ近郊コンセルヴァトワール・セルジー(CRR, 演劇演技科)留学中。東京大学在学時は小田部胤久を指導教官とし19-20世紀フランス思想を専攻しながらパフォーマンス制作をおこなう。中井悠による訳書『調査的感性術』講義を契機に副産物ラボと協力。

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《記憶と再生のあいだ——エステティクス再考1》

「ヒロシマ・アーカイブ」や「記憶の解凍」など、出来事の記憶をテクノロジーによって追体験可能にするプロジェクトを手がけてきた渡邉英徳と、あらゆる存在物が自らの変形を通じて出来事を感知するという視点から「エステティクス」の拡張を図る『調査的感性術』という書籍を最近訳した中井悠———初めて顔を合わせる二人のあいだに両教員の研究室を行き来する学生の冨田萌衣(考古学専修)を挟んで、個人的な記憶と社会的な記録が交差する場におけるリアリティの創出・再生や、その過程で浮かび上がる感性/美的判断の共有について語りあいます。

出演:渡邉英徳 (工学者、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授、ACUTメンバー)
   冨田萌衣 (東京大学文学部三年、考古学専修)
   中井悠 (音楽その他、東京大学総合文化研究科准教授、副産物ラボ主催、ACUTメンバー)
会場:東京大学アートセンター 01_ソノ アイダ  (本郷キャンパス·通信機械室)
日時:2024年2月3日(月) 17:00~18:30
入場無料|要事前申込み|対面(先着20名)+オンライン配信

渡邉英徳
1974年生。東京大学大学院 情報学環 教授。情報デザインとデジタルアーカイブを研究。首都大学東京准教授,ハーバード大学エドウィン・O・ライシャワー日本研究所客員研究員などを歴任。東京理科大学理工学部建築学科 卒業(卒業設計賞受賞),筑波大学大学院システム情報工学研究科 博士後期課程 修了。博士(工学)。「ナガサキ・アーカイブ」「ヒロシマ・アーカイブ」「東日本大震災アーカイブ」「忘れない:震災犠牲者の行動記録」「ウクライナ衛星画像マップ」「能登半島地震フォトグラメトリ・マップ」などを制作。講談社現代新書「データを紡いで社会につなぐ」,光文社新書「AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争」(共著)などを執筆。

冨田萌衣
文学部考古学専修3年。中井悠研究室・副産物ラボでは影響の装置としての墓をめぐるジャーナル『墓の影響学』の企画・運営を、渡邉英徳研究室では戦時中の軍用動物の墓をめぐる3Dマップの製作などを行う。