1966年にニューヨークで行なわれた伝説的なパフォーマンス・シリーズ「9 EVENINGS(九つの夕べ)」。当時世界最高峰の科学者が集結していたベル研究所のエンジニアたちと、マンハッタンで活動をしていたジョン・ケージやロバート・ラウシェンバーグなどの実験的アーティストたちを組み合わせ、最先端の芸術と工学のコラボレーションを図ったイベントは、その後のマルチメディア・アートの原型として、近年あちこちから参照されるようになっています。
このパフォーマンス・イベントを組織し、そののち「芸術とテクノロジーにおける実験(EXPERIMENTS IN ART AND TECHNOLOGY=E.A.T.)」として知られるようになったグループは、1960年代後半にこの一連のパフォーマンスの記録をまとめ、MIT出版からリリースする計画を立てていました。しかし、すべての原稿が揃い、画像も選ばれ、段取りが進んだ時点で、さまざまな事情から出版の計画が途絶えてしまったのです。そのときの原稿は、E.A.T.のディレクターだったビリー・クルーヴァーの自宅に保管され、時の流れとともに忘れられていきました。
2017年ごろ、クルーヴァーの未亡人で、現在E.A.T.のディレクターを引き継いでいるジュリー・マーティンの家に、デーヴィッド・チュードアの資料を見に行ったとき、泊めてもらっていた小屋のなかにあった段ボールのなかから、50年前に企画された本の原稿を見つけました。この原稿をもとにして、半世紀前に計画されながら実現しなかった「9 EVENINGS」の記録を今度こそ出版に漕ぎつけるプロジェクトを、ジュリー・マーティンとのコラボレーションで現在進めています。今日のインターネットとコンピューターの蔓延にともなってますます盛んになったマルチメディア・アートの源流を振り返る作業でありつつ、そのイベントを直後に振り返ろうとした記録の試みを、それからの時の流れとともに記録しようとする、いわば二重化された「記録の記録」に取り組んでいます。